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救済だけが治癒をもたらすと言える

「治癒」という言葉は、この世界が有益なものとして受け入れているどんな治療法にもあてはまらない。

世界が治療に役立つと知覚しているものは、肉体を「よりよいものにする」だけである。

それが、心を癒そうとするとき、心と肉体を別なものと見ずに
心が肉体の中にあると考える。
だからこの世界のさまざまな形の癒しは、1つの幻想をもう1つの幻想に入れ替えることしかできない。

彼は癒されていない。
彼は自分が病気だという夢をみて、その中で自分を健康にする魔法の処方箋をみつけただけである。

しかし、彼は夢から覚めてはいない。
だから、心は以前とまったく同じである。

聖霊が運んでくる幸福な夢は、この世界で見る夢とは異なる。
それらの夢は眠りから目覚めへと優しく導くので、夢は去っていく。
そして、永遠の治癒をもたらす。

贖罪は確実に癒し、すべての病気に治癒をもたらす。

罪悪感がないところで、病気が生じることはありえない。
病気とは罪悪感のもう1つの形態にほかならないからである。

病人を癒すことは治癒ではないので、贖罪は病人を癒さない。

病気を可能にしている罪悪感を取り去るだけである。
そして、それがまさしく治癒である。

治癒は必ず聖性から生じ
聖性は罪悪感が大切にされているところでは見つからない。

聖性が存在しない場所はなく、罪や病気が住み着くことの出来る場所はどこにもない。
これが治癒をもたらす想念である。

真理は決して癒しに失敗することはなく
その癒しは永遠である。

今日は、病気になりえないものを癒そうとするのはやめよう。
癒しのあるところに
癒しを探さなければならない。

今日、私たちは病気の源について、私たちの心を変えることを目指す。
私たちが求めているのは
すべて幻想の治癒であって
1つの幻想からもう1つの幻想への移行ではない。

今日は癒しの源を見つけ出すことを試みる。

それは私たちの心の中にある。
私たちが探しさえすれば、必ず見つかるものである。
全てが偽りであって、真実ではないからこそ、治癒が可能となるのである。

私たちは、まじない、魔法の呪文や薬など、あらゆる形の魔術的なものを脇に置く。
そして静かにして、癒しの声が聞こえるように耳を澄ます。
その声がすべての病を治癒し、神の子に正気を取り戻す。
私たちは今日、ただ1つの声を聞く。
妨げになる雑念を、別々にではなく、ひとつのものとして退ける。

両手を空にし、胸を躍らせ、傾聴する心で、次のように祈ろう。

☆救済だけが治癒をもたらすものと言えます。
 私たちが癒されるように、父よ、私たちに語ってください。

そして私たちは救済が優しく自分たちを包み込み
保護してくれるのを感じるだろう。
沈黙し、喜びを抱いて耳を傾け、祈りに対する答えが与えられるのを聞く。
今日は、癒しが訪れる日である。
分離が終わり 私たちが本当は誰なのかを思い出す日である。